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先天性眼瞼下垂は、生まれつき瞼の筋肉や腱などに異常があり、上眼瞼(上まぶた)を十分に上げることができない疾患である。私は5歳の時に一度、瞼を一部切除して短縮する手術を行い、医師からは数年後の再手術を薦められていたらしい。十代の頃母親から何度か再手術を薦められたが、反抗期であったことと特に必要性を感じなかったことから、結局この歳になるまで放置していた。 眼瞼下垂は目と瞼だけの疾患ではない。瞼が動かない、つまり上に上がらないため、前を見る時にどうしても顎を上げるか、おでこの筋肉を使って瞼を吊り上げる必要がある。その本来の体の機構にはそぐわない無理な動作により、肩こりや首の痛みおよびそこから派生する症状は実に多岐にわたる。しかも悪いことに全く自覚がなかった。 私の場合すでに高校時代から慢性疲労と鬱に悩まされていた。もちろん今にして思えばで、当時は病気という自覚はなかった。大学時代もその症状は続き、酒とコーヒーをガブ飲みし、食事は不規則となり、胃を痛め、息苦しく、朝は起きられず、鬱と神経過敏で他人と話をするのも困難となり、胸には疼痛を感じた。その頃心臓が暴走し何度かダウン。その時は病院に行かなかったが後に受診し、自律神経失調症と診断され、生活の改善と肉体および精神の管理に励むようになる。その半療養生活中に体調はかなりの程度まで回復したが、そこで気が緩んだのか再びお茶だのコーヒーだのに手を出し始め、一時期仕事の時間が夜であったこともあり、ほんのつい最近までどんなに睡眠時間をとっても、目が醒めている時は常にヘロヘロという有様であった。さすがにこれはおかしいとやっと自分で気が付き、一切のカフェインを断ち、コーラさえ口にしなくなってからは多少体調も良くなった。しかし今度は何故か首の後ろや背中の痛みで、立っているのもパソコンに向かうのも辛くなりだした。固くなった背中の筋肉をほぐす様は、まるで「レオン」のゲーリー・オールドマンのようであった。 ネット上でたまたま眼瞼下垂に関する記事を読み大変ショックを受けたのは、ほんの2年ほど前である。背中や腰の痛みに何らかの原因があるとは考えたこともなかったし、肩こりに至ってはその概念さえ知らなかった。どこかで肩こりの記事を読み、腕を回してみると、肩の筋肉がきりきりときしんだ。首や肩の筋肉の不断の緊張状態は交感神経にも作用し、いわゆる自律神経失調症の原因となり、カフェインの作用も増強されていたことであろう。慢性的な痛みと疲労は鬱を招き、その状態で無理をするとさらに疲労が蓄積して鬱が悪化し、そこにカフェインの作用が加わると自律神経の機構は迷走し、極端な興奮と虚脱を繰り返し、死のスパイラルはもはや止められず、空は裂け、大地は割れ、嵐が吹き荒れ、河は氾濫し、人心は荒廃し、バビロンは炎に包まれ、羊たちが巻物を開き、天使たちがラッパを吹くと、この世の終わりがやってくる、アーメン。 現在再手術をして数週間が経過し、元の生活(といっても現在はバイト中)にほぼ復帰した現在、視覚も首まわりも大変快適である。肩こりや背中の痛みが消えたのはもちろん、驚くべきことに以前は常に固くなっていた足の筋肉、特に腿の後ろ側までもがふにふにである。恐らく姿勢に問題があったのであろう。鈍い頭痛も消えた。活動エネルギーが以前より50%くらいは増加しているような気がする。もしかするとこれが普通の状態なのかもしれない。 私の場合病気そのものもよりも、若い頃の不摂生と家族関係の不全の方が深刻な問題であった。もう少し精神状態と家族関係が健全であれば、もう少し早く手術を受け、もう少しまともな人生を送っていたかもしれない。 先天性の場合完治はしない。つまり瞼を動かせるようになったわけではない。しかし以前よりほんの数ミリ目が開いただけで、今まで原因もわからず、その概念さえなかった肉体的および精神的制約から大きく解放された。今回の手術でお世話になったT大学病院の医師とスタッフには大変感謝している。そしてインターネットがこれほど役に立ったことは今までなかった。せっかく手術をしたのだから、今後の人生を何とかこれまで以上に意義のあるものにしたいものである。 レオン 完全版 アドバンスト・コレクターズ・エディション
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