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小児性愛者のリアルと傾向 一口に小児性愛者と言っても、その行動には幅がある。 新潟の事件では、被害者を監禁し暴力を振るったが、性的暴行には及んでいない。一方で、性的暴行から殺人にまで至るケースも多々あるのは、周知のとおり。対象を見ているだけで満足する人々もいるし、会話をしたり、一緒に遊んだり、相手に苦痛を与えない範囲なら何をしてもOKという「紳士的」なロリコンもいる。殺人の場合は、ロリコンなのか、快楽殺人の亜種なのか、判断に迷う場合がある。宮崎勤などは、元来ロリコンなのか、殺人行為の技術的な問題で幼児を選んだのか、考える余地があると思う。京都の「てるくはのる」事件の場合も、犯人がマンションの階段で、子供たちと話していたのが、頻繁に目撃されている。子供に普通以上のシンパシーを抱いていたのは間違いない。 「見るだけ」というのも厄介で、着衣のままか、裸なのか、双方の当事者にとって重要な問題となるであろう。 年齢も問題だ。3歳の幼児と13歳の中学生を、一緒くたにすることが可能なのか。嗜好の違いは何によるのか。 男の子が対象になることもある。いわゆるショタコン、ヤオイ趣味というのは、完璧に女性版のロリコンであり、セックスや異性に対する恐怖、自身のコンプレックスといった感情が原因であろう。子供というのは、男性でも女性でもない中性の存在なので、男性でも両方いけるロリショタという場合もあるし、ホモセクショアルでロリコンというケースも当然ある。ある男は自分の趣味を武器に、我が国の芸能界に、一大帝国を築き上げた。「ミルウォーキーの食人鬼」ジェフリー・ダーマー、「殺人ピエロ」ジョン・ウェイン・ゲーシーは、数十人の少年たちを手にかけた。 中には過剰な性欲を持て余して、子供にまでハードルを下げる場合もあるだろう。いわゆる「つり橋理論」と同様で背徳感、スリル、罪悪感が性欲と結びつく場合も考えられる。プチエンジェル事件では、VIPの顧客名簿が存在していたと噂されているが、そういう客は金と暇を持て余して、人の道を踏み外していくのであろう。 いずれにしても、「見つめていたい」タイプからすると、実際に手をかけたり、相手を傷つけたりするのは、「邪道」ということになる。この「見つめていたい」タイプの方が、病理としては根深いのだろうが、「軽症」の方が現実的な脅威になっているというのも、また奇妙なパラドクスではある。もっとも新潟の事件のような例外もあるが。 ここでもう少し範囲を拡大して考えてみるとしよう。 かつて私がアルバイトしていたビデオ店では、盗撮ビデオも扱っていた。マニアに話を聞くと、どうも彼らは性行為を見るのが嫌らしい。そういうわけで、盗撮マニアの中は、性行為のないイメージビデオの類とか、レズものにも触手を伸ばす人たちもいた。盗撮モノしか購入したことがなかった、とある学生のマニアが、ある日突然映画のビデオを買っていったので、驚いたことがある。タイトルはもちろん「LEON」。そういえば盗撮マニアというのは、服装はまあ普通の範囲内だが、顔が幼くて、とろんとした優しそうな目をした人が多かった。 盗撮という行為には、恐らく女性を辱めるという意味合いも強いのであろう。当然、痴漢とか各種のフェチも同様である。昔、仕分けのアルバイトをしたことがあるのだが、そこの同僚のC君には、ブルセラショップに出入りしているという噂があった。彼は肥満体で、ケミカルウォッシュのジーンズに垂れ下がった綿ベルト、だらしなく開きかけたファスナーという、何ともおぞましい崩壊ぶりであった。仕事にはノルマがあったのだが、数字にやたらとこだわり、毎日ノルマを大幅に上回るスコアを叩き出していた。時給が上がるわけでもないのに。極めて限定された対象に対する無意味な潔癖症的執着は、幼児性の発露であり、オスの健全な闘争心や上昇志向とは異質のものである。 対象の違いは、自分に対するコンプレックスと自信、そして女性に対する恐怖と憎悪との、微妙なバランスが関係していると思われる。そこに趣味や経験、性格や倫理観といった要素が加わり、性的嗜好が決定されるのであろう。直接小児を対象としなくとも、異性や性行為自体を忌避する傾向は、極めてロリコン的であるといえるのではないだろうか。 ちなみに小児性愛を指す用語は、ロリータコンプレックス、ペドフィリアと様々あるが、ここでは厳密には区別していない。 さらに次回へ続く。 ロリータ
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