ブログの悪魔

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 【ファースト】超私的ガンダム論#1【SEED】

<<   作成日時 : 2005/10/01 03:25   >>

トラックバック 0 / コメント 2

 「機動戦士ガンダムSEED Destiny」がクライマックスを迎えつつある。今回は本作を観ながら思いついたことを、少々断片的ではあるが書きつづってみた。
 しかし大きな問題がある。
 私は「ファースト」と「C.E.」以外のシリーズについては、ほとんど何も知らないのである。
 「ファースト」は再放送で数回観た。内容も大筋は覚えていると思う。映画は「V」を映画館で、また数年前のお正月に「T」「U」「V」を続けて観た。「Z」は中学生であったため、部活であまり観ることができなかった。よって内容はほとんどわからない。エウーゴとかティターンズといわれてもすでによくわからない。それでも最終回でカミーユ・ビダンが正気を失うということだけは何故か覚えている。「ZZ」は数話しか観ていない。後は友人の家でOVA作品を少々観ただけである。その後のシリーズは全くわからない。映画版の「Z」も未鑑賞である。つまりほとんど素人というわけだ。
 よって記事の内容は主に「ファースト」との比較で構成されている。
 しかしこのやたらと長い文章を書き終えた後になって、ネットで少々調べてみると、どうも「Z」以降もいろいろと複雑な展開がなされているようで、ここで私が書いたことも、随分と見当外れだったり、抜け落ちていたりしていることが多いような気がしてきた。知らずに書くのはやはり無理があったのかもしれない。
 恐らくガンダムシリーズに精通している方が読まれれば、いろいろと反感を持たれるかもしれないが、あくまで「超私的」ということでご容赦頂きたい。短気なファンの方は読まない方がいいかもしれません。
 

「戦争エンターテイメントの系譜」
 
 私は現在30代前半である。私が恐らく小学生の低学年の頃だと思うが、なんとテレビではゴールデンタイムに「コンバット」を放映していた。私もサンダース軍曹にはすごく憧れたものだ。その頃テレビで放映していた映画といえばハリウッドの戦争映画がメインで、ヨーロッパ戦線で米軍がナチスドイツ軍をばたばたと倒していき、戦友が何人も死にそれでも最後はハッピーエンドという内容が定番であった。そしてファーストがこの世に出たのもこの頃である。        
 当時私もどちらかと言えば、アニメというよりあくまで「戦争もの」として「ファースト」を観ていたように思う。事実、従来のアニメにはなかったリアルな戦争描写によって「ガンダム」は一躍ブームとなりそして伝説となった。
 戦争に巻き込まれた若者たち、特にアムロが傷つきながらも次第に大人の男へと成長していく姿に視聴者は皆共感した(もっとも私は復讐に燃えるシャアの方が好きであったが)。そこに反戦というメッセージはあまり感じなかった。「あの人に勝ちたい」とアムロは言い、「俺はもう逃げない。〜中略〜ジオンを討つ」とカイは言った。どちらかと言えば戦争に参加し敵を討つ、あるいは敵を殺すことがポジティブに描かれていた。
 しかし「シード」特に「デスティニー」では、キラたちは戦争を否定しつつもそれでも闘わざるを得ない状況になる。「勝つため」ではなく、あくまで「戦争をなくす」ために、アークエンジェルは地球連合から離脱し、ナチュラルとコーディネータ双方を相手に戦うはめに陥る。宇宙からの侵略者を撃退したり、悪の組織を倒したりすることではなく敵と和解することで、平和を実現しようとする。
 実際「シード」の放映中にはイラク戦争が始まり、本当に「何と戦わなくてはならないのか」わからない状況に我々は皆とまどうことになる。
 エンターテイメントとして成立させるからには敵見方を単純化した方が恐らく簡単なのであろう。「ファースト」も当初の設定は完全にジオン軍が悪役であったはずで、その敵を同じ人間として描いたのはそれほど意図的なものではなく、富野氏のリアリズムに対するこだわりによるものではなかったか。まあどう考えてもジオンはナチスドイツがモデルであり、従来のロボットアニメからの流れを汲みつつ、ハリウッドの戦争映画から多大な影響を得ていることは明白である。その点が観る側には新鮮であっても、実際評価された側の富野氏にしてみれば結構意外だったのではなかろうか。
 しかし「シード」では敢えてその簡単な道を選ばず、複雑怪奇な設定に挑んでいる。ナチュラルとコーディネータ、地球と宇宙と、敵と味方が入り乱れて、どちらが味方でもなく敵でもないというややこしい状況に陥り、それでもキラたちは自分たち信念を貫くべくその双方と戦う。
 おかげでいささかストーリーが錯綜気味ではある。がそれも仕方ないことなのかもしれない。今ガンダムをやるとなると、結局こうならざるを得ないのではあるまいか。この錯綜こそが現代の我々が置かれている状況を、幸か不幸か実に上手く表現しているといえなくもない。というよりも真剣に現在の状況と向き合い、安易な答えに寄りかかろうとするのでなければ、誰もが納得する形できれいにまとめることなど不可能なのかもしれない。「何と戦わなくてはならないのか」わからない混乱し錯綜した状況の中で、必死に答えを見つけ出そうとするキラたちの姿は現代の我々の姿と実によく重なる。
 戦争エンターテイメントとして考えると、「ファースト」は日本が実際に経験した戦争の記憶とハリウッド映画から生まれた戦後の作品である。「シード」は現在の混沌とした世界情勢から生まれたポスト冷戦時代あるいはテロ時代の作品である。どちらが切実に感じられるかは恐らく世代によるのであろう。好みの分かれ目の一つはどうやらここにあるようである。
 若にファンにしてみればやはりリアルタイムの戦争によりリアリティを感じるであろう。そして本作の視聴者の主役はあくまで若者なのだ。


COMBAT! DVD-BOX COMMAND1
COMBAT! DVD-BOX COMMAND1

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
僕も、SEEDとXくらいしか知らないんですけどあの二つは比べようが無いですね。あ、でもシンとXの主役(ガロード)は比べられるんじゃないでしょうか。どっちも好きな女の子を守るために戦ってますし。二人の違いは守れるか守れないかというところだと思いますが、そこはやはり覚悟の違いだったのではないでしょうか。シンはステラを守りたいと思っても結局、ザフトを敵に回してまで守ろうとはしなかったですから。その点ガロードはそれこそ周りを全て敵に回してでも、自分の人生かなぐり捨ててでも守り抜きましたから。
キラに愛の手を
2006/04/02 23:16
キラに愛の手をさん、コメントありがとうございます。
Xですか。世代の違いが・・・。
シンとキラの人気の差も、彼女に対する態度に
あったのかもしれませんね。
管理人@ブログの悪魔
2006/04/03 21:50

コメントする help

ニックネーム
本 文